準備動作の早期完了は主動作に影響するか?

山本 裕二

(名古屋大学)

目的

スポーツ技能における打動作の特徴は,準備姿勢・準備動作・主動作という局面に動作として分割することができ,最終的な目標である主動作のパフォーマンスの向上にはこれらの各動作の完了時期が重要になると考えられる.すなわち,テニスのグランドストロークのような打動作の中心的課題はタイミング一致課題であり,外的事象にタイミングを合わせることであるが,そのために内的なタイミングの調整をしなければ望ましいパフォーマンスを得ることはできない.さらに,この内的なタイミングの調整が,学習によって獲得され,効率的な力量の発揮を可能にする身体各部位の協応動作を生み出すものと考えられる(山本,1996).

Yamamoto(1996)は多くのスポーツ技能で準備動作としてみられる体幹の左右への回旋動作を取り上げ,準備姿勢における股関節・膝関節の屈曲の違いとの時間的関連について検討している.そして適度な股関節・膝関節の屈曲が左右への回旋動作反応時間を短縮することを明らかにしている.すなわち,準備姿勢と準備動作は動作としては異なるが,素早い準備動作の開始にはそれに応じた準備姿勢を取ることが必要であることが示唆される.

これらの研究から,学習の初期においては不十分な準備姿勢が準備動作の開始を遅らせ,結果として主動作におけるパフォーマンスを低下させていることが考えられる.そこで本実験では,準備姿勢における構え方の違いが準備動作と主動作にどのように影響を及ぼすかを検討するため,テニスのグランドストロークを課題として検討した.ここで用いた構え方は,準備動作(テニスではテイクバックと呼ばれる)の開始が遅く,結果としてうまく打てないテニスの初心者に対して用いられる方法を取り上げており,実際の指導場面においても有益な示唆が得られると考えられるものである.

方法

被験者

男子大学生4名で,スポーツ経験はあるが,テニスの経験はないものである.

実験課題と条件

ボールマシーンでから平均速度3m/sで打ち出されるボールに対してフォアハンドストロークとバックハンドストロークで打球する.あらかじめボールの飛んでくる方向と肩・腰の向きをほぼ平行にした状態(set条件)と普通にボールマシンに正対して構える状態(ready条件)の2条件が設定された.set条件はあらかじめ横向きになった状態でボールを待っており,初心者指導においても用いられる待球姿勢である.

手続き

被験者は動作分析を容易にするために肩・肘・手・股・膝・足関節にテープによるマーカーをつけ,実験課題の説明を受けたあと,フォアハンドとバックハンドのストロークを1回づつ練習として行った.その後,set条件とready条件でフォアハンドとバックハンドに交互に5球ずつ,計20球を打球した.

動作分析の手続き

図1に測定場面の模式図を示した.カメラ位置は打球前のボールと打球動作の関係を検討できるように設置され,3台のカメラの同期を取り,1/100秒のタイマーカウンターを映し込むようにした.各被験者・各条件においてインパクトがきちんとできた試行を2試行づつ,計32試行を分析対象とした.撮影によって得られたフォアハンドとバックハンドそれぞれ2本のテープについて,ボールマシーンからボールが打ち出されてから,インパクト8コマまでを60fpsで,身体15点,ラケットヘッドおよびボールの座標計測を行い,DLT法により3次元座標値を求めた.今回分析対象としたのは,両肩を結ぶ線,両腰を結ぶ線がボールの飛来方向となす角度,股関節・膝関節の屈曲角度である.

結果

準備姿勢

実験条件として設定したボールマシンからボールが出る時点での構え方の違いは,表1に示したとおりである.必ずしも,ボールの飛んでくる方向と平行(0度)あるいは正対(90度)ではないが,両者の構え方の違いは歴然である.さらに,球だし後300msの股・膝関節の屈曲角度も表1に示した.backhandのset条件での股・膝関節の伸展状態が特徴的である.

準備動作

準備動作の大きさとその終了時期をみるために,肩および腰がもっとも大きく回旋したときの角度とその時期について求めたのが図2である.ここでは,外的事象であるボールの飛来との対応を検討するため,ワンバウンド時を基準に表してある.これによって負で表されているのはワンバウンド以前にテイクバックが終了したことを意味し,逆に正の値はワンバウンド後を表す.各条件(fore/back × set/ready)ごとにみると,回旋角度において構え方の条件差は認められないが,その時期については,set条件の方がready条件よりも早期に準備動作が完了している(肩:set: 287ms; ready: 337ms,腰:set: -70ms; ready:110ms).

主動作

準備動作と主動作の関係をみるために,肩・腰の準備動作終了時期と主動作であるフォーワードスイング中の平均角速度との相関を求めたのが図3である.この結果から,準備動作の終了時期と角加速度の間には正の相関が認められ(肩:r=0.737,腰: r=0.758),早期にテイクバック(準備動作)が終了するほどフォーワードスイング中の角速度は低下すること,すなわち主動作の動作速度が低下することが示された.

考察

準備動作は,あらかじめ横を向いた構えの方が早期に完了するが,主動作開始の直前に反動動作のような動作がみられるため,それほど大きな差は認められなかった.しかしながら,主動作開始時期(準備動作の完了時期に等しい)が早くなることで,主動作はゆっくりした動作になることが明らかにされた.これは初心者の注意が焦点化しやすいインパクトを制御する上で,時間的余裕を生み,より正確な動作ができるものと思われる.したがって,テニスのグランドストロークの学習初期の指導法として横向きの準備姿勢をとることは有効であると考えられた.

参考文献

山本裕二(1996) 身体運動における打動作の学習に関する事例的検討,認知科学, 3, (3), 87-98.

Yamamoto, Y. (1996) The relation between preparatory stance and trunk rotation movement,Human Movement Science (in press).

山本先生へのコメント

三村徹(筑波大学)

私にとって2度目の運動学習研究会への参加でしたが,皆さんの研究方法,研究内容,分析方法など,非常に勉強になりました.これからの自分の研究に生かしていけると良いと考えております.

山本先生へのコメントとなりますが,私はテニスではど素人であるため,コメントに見当違いなことが出てくるかもしれませんが,ご容赦ください.先生の研究はスポーツの学習に関する研究で,非常に関心を持ちました.データとなるビデオの分析も非常に学ぶべきところが多いと感じました.以下に3点の意見を記しました.

第1に,この研究では,準備動作の早期完了と主動作の関係について研究されたので,動作レベルでの測定を行っていましたが,研究会でも話に出たように,パフォーマンスレベルでのデータが見られたら,さらにわかりやすく,おもしろくなると思います.おそらく,これから主動作とパフォーマンスを結びつけて行かれるのだと思いますが,準備動作→主動作→パフォーマンスの3者はスポーツ研究において,切っても切れない関係にあると思いますが,いかがでしょうか.

第2に,主動作に関して,インパクトの姿勢,最大角速度とその出現時期を変数に取っていますが,これらから見られるものはインパクトのスピードでしょう.打動作の正確性についての変数は取っていないので,例えば,動作の安定性に関する変数を用いてはいかがでしょうか.方法論はよくわからなくて,申し訳ないのですが,「主動作の違いとしてのインパクトの姿勢」のデータで見られる分析方法で,動作の安定性を表すことはできないでしょうか.

第3に,準備動作の早期完了ということが前提になっていますが,準備動作がいつ,どんな形で完了したのかというデータが見られると,さらにわかりやすくなると思います.発表時にも話されたように,人によってはセットされた準備姿勢から,さらにテイクバックをしてスイングをする人もいたということでしたが,準備姿勢の適切さを示してもらえたら良かったと思いました.また,準備動作と準備姿勢の明確な定義を示してあったら,わかりやすかったと思います.

今後のテニスの運動学習における研究に期待しております.

コメント

荒木雅信(大阪体育大学)

山本先生の研究も、私が行っている研究と基本的には同じところを狙っているのかなという感じを、最初に持ちました。つまり、パフォーマンスの発揮に関わる要因を単一の運動(課題)ではなく、複数の運動を同時に扱って、その運動間の相互作用を問題にする研究だと思いました。これまでの、単一運動課題を取り扱った運動学習の観点から、さらに発展させた非常に現場的で興味深い研究です.  

準備姿勢と準備動作と主動作の関連から、準備動作が早期に完了していても主動作のパフォーマンスに必ずしも有効に作用するとは思えなかったのですが。むしろ、準備動作から主動作に移るそこの時点が問題であり、時系列的に扱われる方が自然のような感じがしました。早期に準備動作が完了してしまうと、時間的な空白ができ本来のスムースな協応ができなくなるのではないでしょうか。不自然な印象を持ちました。 待つ時間は辛い...

コメントへのリプライ

山本裕二

三村さんのコメントに対して

第1に,パフォーマンスの分析の件ですが,確かにパフォーマンスあってのスポーツ技能で,合目的的な活動であることがスポーツ技能の特徴ともいえます.しかしながら,(この辺が私自身もまだ未整理なところなのですが,)私が対象としている初心者から初級クラスのテニス学習者にとって,グランドストロークで学ばせなければならないものは何でしょうか?もちろん,「狙ったところに,狙ったスピードのボールが打てる」といったことも大切でしょうが,ボールの行方は結果(outcome)であって,学習初期にばらつくのは自明であると言えます.それよりむしろ,遂行状態(身体の協応など,これがperformance?)が学習されるべきものではないかと思っています(こちらは比較的安定するかもしれないので).ただこの考え方が広く通用するかどうかは問題です.

第2に,安定性の件ですが,これは必要だと痛感しています.論文として投稿しても,試行数(分析数)が少ないというクレームが必ずつきます.この試行数が増えれば当然,安定性(ばらつき)を表すことができます.これは単に(?)労力の問題で,これをクリアしていかなくてはいけないでしょう.100mの世界記録を出したときの走り方を分析して報告するのとでは異なる,「生みの苦労」がここにあります.

第3については,「準備姿勢」→「準備動作」→「主動作」というのは時間的な流れの中で観察される動作系列を,目的別(?)に分類しているに過ぎません.これまでの私の定義では,「マシンからボールが出るよ」と言って構えている状態(そういってから0.5秒ぐらいの間)を「準備姿勢」として,その後,両肩を結ぶ線がなす角度が最大になったところまでを「準備動作」としています.実際は,分析の際に都合がよいデータが出るようにこの定義は変更したりもしています(例えば,肩ではなく両腰を結ぶ線の角度で準備動作の終了を決めたり).

ただ,運動を分析すると痛感するのですが,人間の運動に静止状態というのはほとんどありません.したがって,動作の開始や終了,あるいは経過点を表すのは研究者が独自に定義しているのが実情です.その定義の説明を飛ばしてしまって申し訳ありませんでした.

荒木先生のコメントに対して

「待つ時間は辛い....」というコメントは,その通りですね.今回の報告では,十分な検討ができなかったのですが,まさに時系列的にデータをみていくことが重要だと思います.今度のスポーツ心理学会では,少しその分析方法を紹介しています.また,ご批判下さい.

また,今回設定した条件では,当初横向き姿勢の方が主動作に有効であるという立場(仮説)でデータを解釈しようとした節が自分自身の中にあります.つまり両側検定ではなく片側検定で望んだという,第1種の誤差(type I error)αに陥ったように思えます.今度は第2種の誤差に陥らぬように気をつけたいと思っています.

また,研究会で多くの示唆を与えていただいた皆さんに改めてお礼申し上げます.