主運動に先立つ主働筋以外の筋の最適緊張水準について

荒木雅信

(大阪体育大学)

もう一度、最初に戻って

実際の運動場面では、主働筋以外の筋の予備的な緊張が、主働筋の運動にまで好ましくない影響を与えることがある。例えば、運動の開始が遅れたり、運動そのものがぎこちなかったりした場合、指導者はその原因が主運動を行なわない部位に力が入りすぎているためだと判断して、「力をぬくように」と指示することがある。

本研究の主題は、

主運動に先立つ、主働筋の予備緊張は、それ自体の力やパワーの発揮に影響することが知られている。それでは、主働筋以外の筋の予備的な緊張は、主運動にどのように影響するのだろうか。この問いに答えようとすることなのだろうか。

【実験】

上腕二頭筋の等尺性筋収縮を主働筋以外の筋の予備的な緊張とし、主運動の膝の伸展動作に与える影響をみた。

【実験仮説】

単純反応課題や弁別反応課題、選択反応課題であっても、刺激の性質、反応の方略に差がないのに、実際には運動成績に差が現われる。このことは刺激の判断や処理に費やされる刺激処理時間の差、もしくは反応を決定してから終了するまでの運動時間の差を反映している。たとえば、スタートチャンスであると的確に判断し、しかも適切なスタート動作の運動プログラムを作成したにもかかわらず、スタートが遅れたという場合がある。

その時、考えられることは、反応動作の選択は的確であり、適切な動作を行なったが、反応に遅れが生じた。その原因の一つに、主運動に先立つ主働筋をはじめとする身体各部の筋の不適切な緊張によって引き起こされる求心性の刺激の影響が考えられる。運動の過程をみると、刺激を判断・処理する刺激処理過程と、運動を行なう運動実行過程の2つの過程に分けて考えられる。

(仮説―1)主働筋以外の筋の予備的な緊張を独立変数とし、主運動の成績を従属変数
とした時、その間に逆U字関係が存在する。

(仮説―2)主働筋以外の筋の予備的な緊張が覚醒水準を仲介として、刺激処理過程に影響を及ぼすと考えられる。

【今回の実験】

上腕二頭筋の等尺性筋収縮を主働筋以外の筋の予備的な緊張(最大筋力の0,10,20,30,40,50,60%)とし、膝の反動動作を主働筋の予備緊張(一定)とした場合、これらを同時に与えた時の膝の伸展動作について検討した。

【結果と考察】

主働筋以外の筋の予備的な緊張は、運動時間や反動動作時間よりも、反応時間に影響した(これまでの結果と同様)。このことから、主働筋以外の筋の予備的な緊張は、刺激処理過程に影響するものと考えられる。 

荒木先生の発表についてのコメント

山本裕二(名古屋大学)

荒木先生の興味は,基本的にはパフォーマンスの発揮に関わる要因に関する研究だと思いますが,運動学習の観点からも非常におもしろい研究だと感じました.というのも人間の運動は時系列の中で行われ,特に多くのスポーツ技能は主運動に先立つ予備動作(準備動作や反動動作)が主運動のパフォーマンスに大きな影響を与えることはよく知られています.しかしながら,こうした準備動作への関心はこれまで必ずしも高かったとはいえないでしょう.ましてや,主働筋以外の筋緊張が運動パフォーマンス(主働筋)に与える影響についてはこれまで充分に検討されていなかったのではないかと思います.

今はやりのPNF(?)や,姿勢制御のモデルでは,中枢神経系のbackgroundの興奮性をその効果として考え,荒木先生のいわれる出力系への関与を示唆しています.しかしこれらは脊髄レベルでの話がほとんどで,入力系(認知系)への関与までの話はないのではないかと思います.そういった意味で,主働筋以外の筋緊張(予備的な)が入力系にまで作用するならば大変おもしろい結果だと思いました.一つお聞きしたいのは,刺激処理過程と呼ばれている過程はどちらの過程としてお考えになっているのかということです.実験データの筋電潜時(premotor time)の反映するものは必ずしも刺激処理過程の反映とはいえないのではないでしょうか?これまでの促通肢位や姿勢制御の実験からもこのpremotor timeの短縮が報告されていると思うのですが....

認知的な入力系への影響と運動系(出力系)への影響を明確に区別する実験パラダイムについてはよくわかりませんが,それぞれ異なる負荷によって影響を受けるような気が
します.

また,昨年わたしが発表させていただいた,準備姿勢と体幹回旋反応時間の実験では(実験方法はラフですが),こうした主働筋以外の予備緊張は単に神経的な促通よりも当該主動作への協応のためのメカニカルな効果の方が大きいかもしれないという結果が出ました.つまり,同じ出力系への影響でも神経系への影響よりも実際に身体各部位を動かすために最適な姿勢なり構えが存在し,その姿勢や構えは確かに神経系の促通も認められる筋緊張を呈するが,それよりも次の動きのスムースさや協応への関与が大きいのではないかということです.

先生のご発表からはかけ離れた内容のコメントになった感がありますが,coordinationに興味が向いている今のわたしにとっては非常に興味深い内容でしたもので...

荒木先生の発表についてのコメント

工藤和俊(東京大学)

スポーツに限らず,競技というものは須く自分との戦いでもあります.このとき,自分をコントロールする際に多大な影響を及ぼし得る要因の一つが,いわゆる「緊張」でしょう.すぐれたパフォーマンスを発揮するためには,緊張感・プレッシャー・あがり・ストレス(これらの用語の区別は必ずしも明確ではありませんが)といった,「心的状態」をコントロール必要があるといえ,その意味で荒木先生の研究は重要であると考えられます.

実験は,「主働筋以外の筋緊張が主運動にどう影響するか」にという点を検討していますが,結果は非常にクリアだと思います.つまり,全く緊張していない状態,あるいは緊張しすぎの状態(MVCの40%以上)では悪影響が出る,というものです.この点ははっきりしているのですが,実験の解釈等について幾つか気付いた点を以下にコメントしたいと思います.

1.「覚醒水準」について

本実験では2つの仮説が立てられています.このうち2つめの仮説は,「主働筋以外の予備的な緊張が覚醒水準を仲介として,刺激処理に影響を及ぼすと考えられる」というものです.私は常々「覚醒水準」に関する研究に疑問をもっています.というのは,このような研究では,覚醒水準が決して直接測定されていないからです.このような研究に共通しているのは,例えば高プレッシャー条件と低プレッシャー条件を設けるなど,条件を操作することによって覚醒水準をコントロールするという方法です.しかしながら,覚醒水準というものを直接測定していない以上,「条件が変われば覚醒水準もそれに伴って(一対一に)変化するであろう」という前提を伴っているわけで,この点についての検証がどうしても必要になります.にもかかわらず,覚醒水準という語を用いていながら,さらにそれを説明概念として使おうとしていながら,何故覚醒水準を直接測定しよ
うとしたり,操作的に定義しようとしたりしないのか,甚だ疑問でなりません.

 ですから,この用語の操作的定義を明確にする必要があるかと思います.

2.「主働筋」,「主働筋以外の筋」の区別について 

もう一点,基本的な疑問があります.実際の運動において,「主働筋」と「それ以外の筋」が果たして明確に区別できるのかという問題です.例えば,テニスのリターンをするときに膝をしっかり曲げて(大腿を緊張させて)構えている状態は,主働筋が緊張していると考えるのでしょうか? 

それとも主働筋以外の筋が緊張していると考えるのでしょうか? あるいは,短距離走のスタートで肩に力が入っている状態は,どう考えたら良いでしょうか.仮に,大腿の緊張と肩の緊張をどちらも主動以外の筋緊張だと考えるならば,主動以外の筋緊張はパフォーマンスに対してプラスの影響を与えたり,マイナスの影響を与えたりすることになってしまいます.

ですから,この問題は「主働筋」「主働筋以外の筋」という区別をするよりもむしろ,全身の筋緊張のバランス,あるいは協調の問題して捉えた方が良いのではないかと思います.

荒木先生の発表についてのコメント

刈谷和幸(筑波大学)

いろいろ考えていたのですが、どうしてもいまいち主働筋以外の筋の予備的な緊張というのが想像できなくて、結局自分の体験に基づいて書こうと思いました。 

よく練習時に、「身体を緊張させながら、力をぬけ」といわれて、何のことかさっぱりわからなかったので、そのときはあまり深く考えずにいました。床運動で、たとえば、「後方2回宙返り」をやろうとするときに、勢いをつけるためにその前に、「ロンダート―バック転」を行うのですが、日によってタイミングが違って2回宙返りがうまくいかない…。あれこれ考えて行おうとするのですが、よけいタイミングがずれていくというようなことがありました。結構頻繁にあった気がします。そんなとき、昔いわれた言葉を思い出して実行してみました。

一体何処に力が加わるのだろう?と考えると、どうやら、助走時に、上半身に力が入りすぎていて、うまくいく時のタイミングが違ってしまうということがわかりました。思えば、タイミングが狂うというのは、試合前というのが多かったような気がします。しかしこうやって文字にして書いてしまうと実にあたりまえすぎることだなあと自分でもあきれる思いです。身体に力が必要以上にはいると、しなりが無くなってしまい関節の可動域が狭まってしまう。そう考えると入れる力の種類が違っているのか。

コメントへのリプライ

荒木雅信

山本・工藤・刈谷先生、コメントありがとうございました。お答えするのは時間がかかりそうで申し訳ありません。少し時間を下さい。自分なりに納得のいく解答が欲しいと思いました。

山本先生のコメントに対するコメント

私は、刺激処理過程と呼ばれている過程を入力系と考えています。Sandersのモデルでは入力系に含まれています。確かに、促通肢位や姿勢制御の実験からpremotor timeの短縮が報告されていますが、もう少し検討させてください。

このような実験は、coordinationから検討した方が良いのかもしれません。

工藤先生のコメントに対するコメント

覚醒水準という用語の定義に関しては、慎重にかつ詳細に行なう必要があると感じています。ただ、私の扱っている覚醒は先生が指摘された情動レベルではなく、筋や神経系の促通のようなレベルです。覚醒水準の検証を含めて、このあたりの区別や範囲の定義は絶対に必要です。

次に、「主働筋」,「主働筋以外の筋」の区別については、明確に区別できないと思います。でも、操作的に区別して考えてみるのも、人の運動制御を理解する上で面白いかと思います。指摘された通り、全身の筋緊張のバランス,あるいは協調の問題して捉えた方が良いと思いだしました。次の段階です。

刈谷先生のコメントに対するコメント

スポーツ事象を研究していく時、大切なことの一つは先生がコメントして下さったような経験の言語化だと思います。特に文章化していくことは、重要なプロセスと考えています。(最近私自身、この手の議論が少なくなってしまいました)

その意味で先生が主働筋以外の筋の予備的な緊張を考えるために経験から文章化して下さったことは、参考になりました。

先生のコメントからも、どうも山本・工藤両先生が言われているように、主働筋以外の筋の「協応」だといういうことは明確です。しかし、協応をどのように検討して行くかは、一個一個の組み合わせを実験的に検討し、その結果を運動の構成要素に当てはめて行くという作業しか思いつきません。何か、それらを統合して検討する方法を教えてください。